31/05/2026
comes from good coffeeです。
5月も今日で終わり、当たり前ですが明日から6月スタートです。歳のせいか、時間の経過がものすごく早く感じて、気がつくと一年終わってたりしますから、残りの人生なんてあっという間に失くなってしまうのかもしれません。
という訳で、これまでの人生について振り返ってみたいと思います。チラシの裏の落書きみたいなもんなんで、興味ないっつう方は飛ばしてください。
題して、『ワタシとYellow Magic Orchestra』
Yellow Magic Orchestraというものを知ったのは、週刊少年ジャンプで連載で江口寿史さんが連載していた、『すすめ!! パイレーツ』という漫画からでした。この漫画には、当時江口先生が聴いていたと思われるミュージシャンが脈絡なく登場し、例えばDIVOやKRAFTWERK、PLASTICSなんかに紛れて、キーボードやドラムを演奏している3人組が出て来たんです。で、この人たちは何だろう?と思っていたら、どうも日本人のバンドで、不思議な音楽を演奏しているらしいことが分かり、聴いてみたいという衝動に駆られた訳ですが、当時はまだレンタルレコードとかなくて、買うしかなかったんです。しかし、当時のLPレコードは¥2,800くらいで、貨幣価値を考えると現在の3倍くらいの感覚。とても小学生が買えるようなものじゃなかったんですが、それでもどうしても欲しいってことで、中学生に入って間もなく、新聞配達のバイトをしました。信じられないけど、一カ月早起きして新聞配って、貰えたお給料が¥10,000くらい。一日¥500にもならないんですが、そのお給料を持って隣町のレコード屋さんに行き、既にリリースされていたアルバム1st、2nd、ライブ盤をまとめて買いました。で、家に帰って父ちゃんのステレオでてみたら、『え?これってゲームセンターにある風船割りゲーム?』そこからファイヤークラッカーという曲になだれ込むんですが、今までに聴いたことがない音楽で、もう一気に引き込まれまして、そこからワタシの人生が大きく変わり、現在のワタシに繋がって行くんです。
そして、段々と聴いてるだけじゃ満足しなくなり、シンセサイザーという楽器が欲しくなるんですが、こんなの中学生が買える訳がない。でもどうしても欲しくなり、母ちゃんに相談して、分割で親に返すという約束で、当時一番安かったKORGのMS10というモノシンセ(単音しか出ないシンセ、¥58000くらいだった)を購入したのは良いが、なんせ単音しか出ないから、YMOの曲を弾きたくても、出来ることは限定されている。仕方ないから、ベースのパートをコピーして、レコードに合わせて一生懸命練習してた訳です。
で、折角覚えた曲をどこかで弾いてみたいと思ってたら、学校でシンセは持ってないけど、自宅のエレクトーンとかピアニカでYMOの曲を練習してる奴が2人いまして、学校の廊下に置いてあるオルガン(足元にペダルが付いていて、これをバフバフ踏むと空気が入って音が出るという、アコーディオンみたいな仕組み)に3人で並び、1人がメロディ、1人がバッキング、そしてワタシがベースを弾いて、3人で連弾を始めました。我々はこれを『ジャムる』と呼んでいて、休み時間になると誰かが『ジャムっぺ!』を声を掛け、YMOの曲を演奏してました。当然ギャラリーはゼロですが、そんなもんはどうでも良くて、演奏することが面白かったんです。
そんなことが続いてる中、学校の帰りに身体のデカいツッパリの上級生に声を掛けられます。
先輩『オマエ、シンセ持ってんだって? YMOの曲とか弾けんの?』
ワタシ『モノシンセだからベースしか弾けないです』
先輩『何の曲弾けんの?』
ワタシ『テクノポリス、ライディーン、東風、中国女、ビハインド・ザ・マスク、ソリッド・ステイト・サヴァイヴァーとか⋯』
先輩『オマエ、今度の土曜日、藤井の母ちゃんがやってるスナックにシンセ持って来いよ』
当時は校内暴力全盛期で、テレビでやってた金八もセカンドシーズンで、荒谷二中から転校してきた加藤優がスナックゼットでバイトしてて、そこには暴走族 魑魅怒呂(ちみどろ)が出入りしていて⋯というストーリーで、いくら藤井君が同級生とは言えどもスナックに呼び出しとは。もしかしたらシンセサイザー取り上げられるんじゃなかろうか? かと言って行かないととんでもないことになるかも⋯
ということで、意を決してシンセを携えて、藤井君の母ちゃんがやってるスナックの扉を開けたら、そこには信じられない光景が広がっていた⋯
っつう訳で、続きは次号!震えて待て!
#カムズフロムグッドコーヒー
#栄町本通り商店街振興組合